飲みきれない
巨大な城の一室、壁際には本が所狭しとズラリと並ぶ中、
マギが真剣に机に向かってなにやら考え事をしている。
( 悪い予感がする・・・)
トルンは自分の用事を片しながらマギの様子を伺っていた。
突然、マギは良案でも浮かんだかのようにパッと顔をあげた。
「 ・・・トルン君。ちょっといいかな、あのね。今日か・・・」
「 嫌です。」
間髪入れずに用件を言う前に断るトルン。
数秒間、笑顔のままで停止するマギ。
「 ・・・。今日から僕のこと外では”フランソワーズ三世Ω(オメガ)”って呼んでv」
「 なんですか。その恥ずかしい呼び名は。今は確か”キャサリン”ですよね。」
「 うあー。それは世界のフランソワーズさんに失礼でしょっ!
頭を地面にめり込むほど謝りなさいっ!」
「 後ろのが余計なんです。何を真剣に考えているかと思えばそんなことですカッ」
と言いながらトルンは机の上のメモ用紙に視線を落とす。
チロリアン・ザ・バックシャドウ、マリンゴールド青一号、少年フォーエバー、トルン君のご主人様、・・・、・・・
ずらずら並ぶロクでもない名前にあきれ果てトルンは体力を根こそぎ取られ、ため息をもらす。
「 フランソワーズさんが一番マシっぽいですね。」
トルンは絞りだすように言った。
「 でしょでしょ。そろそろ町の皆さんの不信感が募ってきてると思いますので」
「 確かに何年も同じ人が全く変化しないのもおかしいですしね。」
「 これでもトルン君のお世話になってから5ミリほど成長してるんだよ?」
「 6年で成長期の子供と思しき人物が5ミリですか・・・」
「 ハイハイッ、話がずれたっ!
とりあえず強引に他の人に成りすますからトルン君に見つかった時に前の名前で呼ばれるとまずいのっ!」
結構、身長のことを気にしているらしいのかあわてて話を戻した。
「 ってマギさま!”フランソワーズ三世Ω”を使うつもりですかっ!元を正せばあなたが後宮から出なければいいんですよ。だいたいマギさまはこの国に大事な存在、それなのに町で何かあれば・・・」
クドクド続くトルンの説教をニコニコしながら聞いている。正確には何も聞いていないのだが
「 ・・・なんです!解かりましたかっ!?」
長く続いた説教の一区切りがついたらしく少々息切れ気味にマギに応答を求める。
「 うんうん、そうだね。トルン君も大変だよね。まぁコレでも飲んで落ち着いて。」
と、ドコからとも無くお茶を出す。トルンは何の迷いも無くぐっとそのお茶を飲み干した。
「 ぷはーっ。マギさま!私はこんなので騙され・・・・うっ・・・」
ゴトリと床にカップが落ちる。続いてトルンが真横になってバタリと倒れてきた。
「 うはー。さすがジーナさんの薬だ。よく効くなー」
マギは怪しげな茶と緑が混じった色の薬のビンをシゲシゲと見ていた。
「 ううぅ。マギさま・・・、何を飲ませたんですか・・・」
奥様に一服盛られた絶命寸前の家庭内害虫のように
ビクビクと身体を小刻みに震わせてトルンが途切れ途切れに言った。
「 えっ?聞かないほうが身のためだと思うけど?」
「 この場合聞いたほうが解決の近道・・・ぐぅ・・・」
トルンがコブシを握り締め呻く。
「 大丈夫!普通は虫に使うものだからっ!じゃっ、いってきマース。」
「 虫って何ですか!って行くなーーーっ!!」
マギがさらさらと陣を描き一瞬にして消えた。
むなしくも木霊となってトルンの絶叫は空に響く。
「 まぁ、トルン皇子!どうなさったんですか!?」
あわただしく侍女がトルンに駆け寄っていく。
「 また、探し回らなきゃいけないのか・・・」
はたはたと青年の目から大粒の涙がこぼれた。
そして時は少し流れ、城に戻ります。
- 2007/11/09 (金) 00:20
- 市井におでかけ