謎の液体
大通りに面した診療所と雑貨屋に挟まれた小さな薬屋。
差し込んだ光だけが照明といった少し薄暗い縦長の店内。
部屋の両端には棚が配置され所狭しと大中小の瓶が天井まで整頓されて並んでいる。
奥にあるカウンターの後ろにはこれまた所狭しと大中小の瓶が並んでいた。
入り口の横には長いすがあり客の忘れ物だろうか、毛布がポツンと取り残されていた。
15歳になったばかりのジルが薬の瓶を整頓しながら在庫の確認をし、カウンターにはジーナが薬を調合しながらお客を待っていた。
ガラコラーン
店のドアに設置されたベルが鳴る。
「 いらっしゃーい、あっ、トルン皇子だ。」
「 すいませーん、ここにマギさま来ませんでしたか?」
トルンがヒョッコリ顔をだす。
ジーナが手を止めて顔を上げた。
「 あら、トルン皇子。またマギが何かしたのかしら、ここには来てませんけど?」
「 そうですか・・・。いえ何か変な薬を飲まされたのですが・・・」
ジーナが少し考え込んでから疑いながら聞いた
「 ・・・もしかして茶ミドリの瓶の?」
「 ええ、虫に使うものだとか・・・?ジーナさん知ってますか?」
「 ・・・・・・・・・」
今度はもっと深く考え込んでしばらく沈黙が続いたとき、慌てた様子でトルンが聞き返す。
「 ええぇっ!?ちょっと黙ってないで教えてくださいよ!何かやばい物ですかっ!?」
「 ・・・皇子、世の中には知らない方がいい事があるのよ。」
と、ジーナは何やら悟った風なことを重苦しく言った。
カウンターの左隣から眼鏡をかけた人の良さそうな男が顔をだす。
ジーナのダンナ・ジルのパパであるケントさん。36歳。医者暦18年のベテラン。
どうやら隣の診療所は薬屋と一緒に経営しているようだ。
「 ははは、トルン皇子も丈夫になって、念のために診てあげようか?」
ブルブルと手を首を左右に振りながらトルンはソレを拒否した。
「 いえいえ、もう何ともないので大丈夫です。では急ぎますので失礼します」
ガラゴラゴリーン
ペコリと頭を下げ逃げるように早々に退場した。
「 お疲れのようだったから注射でもしてあげようと思ったんだけど。残念だ」
ケントが口を尖らせた。ジーナは呆れ顔でヤレヤレと口を出す。
「 アンタは注射好きよねー。間違っちゃいないんだけど」
「 注射するときの患者さんの顔がたまらなくてね。ゾクゾクするよ。けひひひ」
などと小気味の悪い笑いを浮かべて診察室に戻っていた。
「 お父さん、いい加減にしないとお客さん来なくなるよー」
と診療室まで聞こえるような声でジルが文句を言う。
モゾモゾと長いすの毛布が上下に動いた。
「 ・・・ぷわっ!気付かれないように息を殺してたら呼吸困難で死ぬかと思ったっ。」
頃合を測って中からバサバサになった髪を手で直しながらマギが顔を出す。
「 ってマギ、あんた皇子に何飲ませてんのよ。『中庭のお花達に使うんだ』って言ったから渡したのに・・・」
「 いやー、『虫よけ』の薬に痺れ効果があったなんてお得だねっ!!今度、宣伝しといてあげるからねっ」
「 いやいやいや、用途が違うし。」
と、もう長いこと培われた掛け合い。
そこにジルが声を掛ける。
「 ねぇ、マギさん。ちょっと質問いい?」
「 何でもいつでもどうぞー、ジルちゃん。」
マギがいつでも来いと胸を張る。
「 初めて会ったときからあんまり変わってないけど歳いくつ?」
半ば核心にせまる質問をサラリとしたがマギは気にしないという調子で答える。
「 はっはっはっ。ボクこう見えても結構お年寄りなんだっ!大事にしてねv」
「 やっだー、冗談ばっかりっ」
とジルが笑いながらマギの肩をバシっと軽く叩く。ジーナが続いて口を挟む。
「 マギはこんなんだから苦労知らずでいつまでも若いのよ。」
「 うーん・・・?そういうもんなんだ。」
ジルは小首を傾げながら棚の薬を整頓し始める。
ガラコラコラーン
突然ドアが勢いよく開きトルンがまたもや顔をだした。
「 ぜぇぜぇ・・・ジーナさんっ!もしマギさまが来るようなことがあれば今度こそ柱に括り付けるって言っといてください!」
「 はいは~い、了解しました。皇子、ではいってらっしゃいませ」
ジーナは手をふりふり慣れたように応答する。
「 じゃっ、お願いしますねっ!」
ガラコレコンコン・・・
トルンは1分もたたない内にばたばた出て行く。
「 ありゃ、体力つくわ・・・」
ジーナは呆れたようにソレに感心する。
「 フっ、トルン君のあの突然の来訪にも対処できるようになったんだよ・・・」
長いすから慌てて毛布に隠れたマギがのっそり顔を出す。
「 トルン皇子は本当に大きくなったね。」
長年トルンの成長を見続けていたジルがドアを見つめながら言うとマギはウンウンと頷きながら
「 本当にねー、ニョローっと伸びてさ。14歳になる前には頭ひとつぶん違うし・・・。横に並ぶとボクが余計に小さく見えるしっ。身長わけろっ」
「ムキーっ」と悔しそうに手を上下に振る。
診察を終えたケントが顔を出す。
「 はい、お大事にー・・・何なら身長の伸びる注射うちましょうか?」
「 いやー!注射嫌いだってばっ!」
マギは嫌々と首を左右に振る。ケントはそれにニヤニヤしながら・・・
「 僕はマギさんの痛がる顔みたいなー、へへへ」
「 うぇ。ケントさん、それストレート過ぎだし・・・」
と、ケントの少し変わった嗜好にブルブルと震えるマギ。
「 そうねー、まずよく食べて横に伸びなさい。」
ジーナが案を出すとマギはそれにシクシクと泣きまねをしてみせる。
「 うぅ、家が貧しくて食べるものが無いんです・・・しかも食欲旺盛な子が一匹いて養っていくのが辛くて・・・」
「 嘘つくなっ!あたしよりかは良い物食べてるくせにっ」
台詞が被るくらいにジーナが怒りながらツッコミを入れる。
コロコローン・・・コロコローン・・・コロコ・・・
大時計の鐘が遠くではっきりと聞こえてくる。
「 あ、もうこんな時間か、じゃあジーナさん、ジルちゃん、ケントさん、またねー」
カラコローン
マギがすっくと立ち上がり一言いうと返答する間もなく店内からでていった。
ジルが少し残念そうにポツリと呟く。
「 ・・・マギさん、いつも急にどっか行っちゃうね。」
「 遊ぶのに忙しいのよ・・・」
諦めたように言うジーナにケントが嬉しそうに声を掛ける。
「 ジーナっ、ジーナっ。今度マギさんに何か動けなくなるような薬を漏っといて!」
「 って、本気で注射したいのね。」
ゆっくりと麗らかに過ぎていく午後・・・
そして凶器が発覚します。
- 2007/11/09 (金) 00:24
- 市井におでかけ